フリーの不思議日記(心の叫び)
気負わず・気楽に、きまぐれに♪自由に生きるフリーが零す吐露空間.
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天国の薫 世界で一番キミが好き

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「天国の薫 世界で一番キミが好き」 著者名:吉浜泰蔵
書籍紹介:“妻との恋が、いまも僕を支え続けてくれる ” 死を考える以上に恐いことはない。ガンに冒されてもなお、生命力に輝いていた妻がいたからこそ、ひとりになったいまも、僕は思いきって生き続けることができる。


普段は小説といった類の本に興味が無く、全くと言っていいほど無縁な自分。
そんな自分がこの本を読むきっかけとなったのは大ファンである人気ロックバンドGLAY、Preciousという曲が関係している。


去年一冊の本が僕の元に届けられた。
病に冒されながらも明るく振る舞う妻と献身的に支え続ける夫の愛の記録。
旅立つ直前まで病を幼い娘達に隠し続けたその想い。
そしてなぜその美しい想い出は僕の元に届けられたのか?
その意味を探して曲を書きました。
すべてを後で知った僕はもう何も出来ないけれど
生きた証を、そして音楽を通じて確かなふれあいがあった事を
歌として永遠にする為に書きました。
歌い続ける事で”実る何か”がある事を実証する為に。
By.GLAY/TAKURO



ここで話されている「去年一冊の本」と言うのが、そう.....「天国の薫 世界で一番キミが好き」という本なわけです。
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書籍紹介やGLAY/TAKUROのコメントにもある通り、この本は闘病生活の記録を記してある本・・・・でありながら、主役はそうじゃない。

「病気を主役としない生活」・・・それこそがこの本の主役。

何が違うのか?と疑問を抱く人もいるでしょう。
闘病生活についての記録と、闘病生活以外の一面を主役として記されている本とでは意味が全く違ってくる。
まさに題材としては別物と言っていい。

そこに記されている文字の羅列は、まさに圧巻。
その場その場の風景を目の前に映し出されるかのような錯覚に陥り、著者の心情が読者の胸を締め付けてくる。
本を開いて数ページ目で・・・既に涙腺は緩んでしまった。

『悲しいくらい、幸せ・・・』

こんな言葉をかつて使った事があっただろうか・・・いや、考えるまでも無く一度も無い。
深く感動したと共に「今」を考えさせられた一文。
矛盾している言葉の組み合わせた表現から、嫌でもその痛々しさが心に沁みてしまう。
幸せというものは、いつも「悲しみ」と紙一重で隣り合わせの存在なのかもしれない。。
幸せが大きいもの・深いものであればあるほど、それを失う時・失った時の反動は大きく、深いものなのだろうから・・。
そう思うと自分の現状が物凄く恐いものであると同時に・・・かけがえのない唯一無二の大切な「現状」なんだと考えさせられた。
何が正しい感じ方で、何が正しい捉え方なのかは分らないけれど....こうして何かをきっかけとして、当たり前だと思いこんでいる事に対して、考える事は非常に重要な事だと思う。


『ぬくもりを感じたとたん、これは現実なんだと思い知らされた』

人は信じられないような状況に立たされると・・・「これは夢なんじゃないか」と思いたくなる時があると思う。
自分の場合は、それが夢だった時もあったし・・・現実だった時もある。
自分がそうだった時の場面を思い出しながら読んだ事も影響したのか、心に深く突き刺さったので印象が強い一文です。


『今までなんとも思わなかった普段通りの会話。
それがこんなにも愛おしいものだったなんて。』


失ってから気付く事が多い・・・という言葉はよく耳にする事があると思いますが、それを分っているつもりなだけで分っていない...と同じような感じ方を受けた一文。





『今からだって生きるんだ、文句あっか。』

この数文字に鳥肌が止まらなかった。。
短い文に込められた様々な想い。それは自分に言い聞かせる呪文のような言葉であり決意であり、現実の不満であり苛立ちでもあり、神への文句であり愚痴だったのかもしれない。
普通なら言わない言葉・・・その普通じゃない言葉というものは、「普通」こそが「幸せ」である事に気付いた者にしか言えない特別な言葉なんじゃないかと思った瞬間でした。


『生きるものは必ず死ぬ・・・そんな事は分っていた。でも、分っているのと納得して認めるというのは、まったく違う次元の事。』

重い。
一言で言うなら「重い」としか言えない言葉。
まさにさっきも書いたように、分っているつもりなだけで分っていない・・・というのと同じ類ですね。
でも、これに関しては「理解しようとしても、その状況下に置かれないと理解できない・分らない」事だと思いますが。。


『赤ん坊は家族にとって、幸せと満ち足りた気持ちを与えてくれる輝ける存在だ。
そして僕の大切なものは、すべてここにあった。』


親になった今の自分だからこそ、この文章に心を動かされたんでしょうね。
こうしてパソコンに向かって、この文を打ち込んでいる数分数時間でさえも・・・感じていなければいけない幸せな環境とその大切な存在のすべて。
今までも大切にしてきているつもりですが、これからはもっともっと・・・もっともっともっと、幸せにしてあげられるようにしなくちゃ! と強く決意させられる文章でした。


『今日という日を当たり前に生きて行くこと』


当たり前のように朝が来て、当たり前のように夜が来る・・・それに感謝を覚えながら、感じながら過ごしている人がこの世に一体どれくらいいるんでしょうか。
それは「おはよう」と言われて起きて「おやすみ」と言って眠りにつくのと同じくらい感謝しなければいけない「幸せな事」なのかもしれません。


『月に2回は必ずふたりでデートか。いいね』

がん闘病生活の中で、通院が二ヶ月に1回が毎月になっても、毎月が2週間に一回になっても、それが毎週になっても・・・2人はそれをデートと表現した美しくて強い愛。
これを美しいと表現していいのかどうかは分りませんが、自分に置き替えて考えた時・・・・そんな風には絶対に言えないし振る舞えない。
驚嘆しながらも尊敬・・・敬服します。

『崖の上にある細い一本道を転がり落ちないように、ふたり手を握り、一歩一歩確かめながら歩いている気がした』


『生き続けるために人は生きる』

実際に本を読んだのは2週間ほど前なんですが、こうして部分を切り取った一文から思いだして感想を書くだけで・・・鳥肌が立ってしまいます。
文字から情景が浮かび上がり、心情が自分の心に流れ込んでくる。

思い出のように、今でも鮮やかに蘇る当時の情景や感情。
それは確かに存在したものでありながら、淡く蜃気楼のように儚い。
それでも伝えておきたい、残しておきたい、記しておきたい、そんな様々なメッセージが描かれているように自分は感じました。
当たり前なんてものは無くて、きっと「幸せ」か「不幸せ」のどっちかしかないんじゃないか?と思いました。
だってそうでしょ?
「幸せ」と「不幸せ」の中間ってなんですか?

中間なんてきっとない。
自分はそう思いました。


最後になりますが、この本は自信を持ってお勧めします。
今の自分を見つめ直す、時間の大切さを考える、現状の在り方を考える・・・様々な視点で感じられる、若しくは考えられる作品です。
ちなみにこの作品は最初の方にも書きましたが、GLAY/Preciousの題材となった本です。
しかし、自分の予想では・・・もう1作品、この本を題材として書かれているGLAYの曲あります。

『見えないけれど、確かに存在する昼の星。
僕にはその温かな光が見える。
その光に、いつも包まれているのを感じる。』


上記の文は、本の終盤に記されているものですが・・・これは過去にGLAY/TAKUROが同じような事を公式HPで掲載して発表している曲があるのです。

GLAY/STARLESS NIGHT



思い過ごしかも知れませんけどね...。


とにもかくにも...忘れはいけない何か・・・それを再認識させてくれた本でした。


自分らしく生きて行くのに あなたが傍にいてくれたら


GLAY/BELOBEDの歌詞にもある、この一文を自分の心に刻み込んで歩んでいこうと思います。
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